朝活で学ぶ 7つの習慣⑪「第2の習慣 終わりを思い描くことから始める-“梯子のかけ間違い”に注意する」

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朝活主催の ゆう です。

朝活のワークでも取り上げたことのある、世界的ベストセラー『7つの習慣』の内容を、少しずつご紹介しています。

前回までは第1の習慣である「主体的である」についてお話ししました。

「主体的」というのは、周りの刺激、環境に左右されることなく、自分の価値観にもとづいて行動を選択できること、でしたね。

そもそも人間は周りに流されることなく自分で行動を選択・決定できるのであり、またその選択に責任を持つことで人格を磨くことができる、ということを学びました。

主体的になろう、としたときに大切になってくるのは「どのような価値観にもとづいて選択すればよいのか」ということですね。
選択の基準が曖昧では、ブレブレな生き方になってしまいます。

その正しい価値観を持つための習慣が、第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」です。

“終わりを思い描く”方法とは?

第2の習慣について『7つの習慣』ではこう説明されています。

人生におけるすべての行動を測る尺度、基準として、自分の人生の最後を思い描き、それを念頭に置いて今日という一日を始めることである

自分の人生の最後を思い描き、それをすべての行動の基準とせよ、ということですね。

自分の人生の最後を思い描くには、具体的にどうすればいいのでしょうか?

その方法が第2の習慣の章の冒頭に書かれています。

人生の最後とは、葬式のことです。

まず自分の人生の最後(葬式)を思い浮かべ、次のことを想像するようにいわれています。

あなたは席に着き、式が始まるのを待ちながら手にした式次第を見る。四人が弔辞を述べるようだ。

最初は親族を代表して、各地から集まってきた子ども、兄弟姉妹、姪、おば、おじ、いとこ、祖父母から一人。

二人目は友人の一人で、あなたの人柄をよく知っている人。

三人目は仕事関係の人。

最後は、あなたが奉仕活動を行ってきた教会や自治会などの組織から一人。

ここで深く考えてみてほしい。

これらの人たちに、あなた自身あるいはあなたの人生をどのように語ってほしいだろうか

彼らの言葉で、あなたがどういう夫、妻、父、母だったと述べてほしいだろうか。

彼らにとって、あなたはどのような息子、娘、あるいはいとこだったのか、どのような友人だったのか、どのような同僚だったのか。

自分と身近な人に最後になんと言ってほしいか、どのような人物だったと見てほしいか、どういう貢献を覚えていてほしいか。それが、終わりを思い描く、ということです。

その終わりを行動の基準として1日を始める、というのが第2の習慣なのですね。

思い描いた終わりが現実のものとなるには、これから何をすべきかを考え、それを行動規範とする。常にその規範に沿って行動しているか見直す。

そうすれば理想の終わりへと着実に近づいていき、人生を良いものとして振り返ることができるのですね

それとは反対に、その場その場の思いつき、一時的な楽しみのために行動していては、人生を振り返ったとき、「あれをやっておけばよかった、これを優先すべきだった。どうしてやらなかったのだろう」と後悔してしまうでしょう。

梯子のかけ間違いで、大事なものを失ってはいけない

第2の習慣はもっとわかりやすく、「目的をハッキリさせ、そこに向かって踏み出すことだ」とも『7つの習慣』で説明されています。

終わりを思い描くことから始めるというのは、目的地をはっきりさせてから一歩を踏み出すことである。目的地がわかれば、現在いる場所のこともわかるから、正しい方向へ進んでいくことができる。

目的をハッキリさせるとは、梯子を正しい場所にかけることに例えられています。

誤った場所に梯子をかけるとどうなるでしょうか?

登れば登れるほど誤った場所へと近づいていき、正しい場所からはどんどんと遠ざかってしまいますね。

そんな例を聞くと、梯子をかけ間違えるとは なんて愚かなんだ、と思うかもしれません。
しかし実生活で、私たちは梯子をかけ間違えることが往々にしてあるのです。

『7つの習慣』ではこう指摘されています。

成功への梯子をせっせと登っているつもりでも、一番上に到達したときに初めて、その梯子は間違った壁に掛けられていたことに気づく。

結局はまったく効果のない、多忙きわまりない日々を送っていることが大いにありうるのだ。

人は虚しい勝利を手にすることがよくある。
成功のためにと思って犠牲にしたことが、実は成功よりもはるかに大事なものだったと突然思い知らされる

医師、学者、俳優、政治家、会社員、スポーツ選手、配管工、どんな職業においても、人は、もっと高い収入、もっと高い評価、もっと高い専門能力を得ようと努力するが、結局、自分にとって本当に大事なものを見失い、取り返しのつかない過ちを犯したことに気づくのだ

自分にとって何が大切なのか、いくら考えても考えすぎることはなく、またいくらそのとおり行動しているか振り返っても振り返りすぎることはないのですね。

「忙しい、忙しい」と心に余裕のないときほど、少しでも立ち止まって、静かに人生を顧み、また終わりを思い描く時間を取っていきたいですね。

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